医者は逃散なめんな


ここ最近、労働問題について書くことが増えてしまった。
「しまった」と書くのには理由がある。理系を売り物にしてきたブログがニュースに煽られて、政治とか経済とか文芸とかでトンチキなことを書いているのを見て来ているからだ。これはアルファブロガーとか言われている人たちにも言えることだけど、あんまり知らんことを書くもんじゃない。
ただ、ここまできたら乗りかかった船だから、もう一つ書いておきたいことがある。

24時間体制の穂別診療所 医師全員が退職申し出 「コンビニ受診」で過労
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/life/138263.php


いわゆる医療崩壊の問題を労働問題的観点から書いておきたい。
結論からいうと、俺は「医者の甘え」とまでは言わないが、たいした問題じゃないと思ってる。
なぜなら、この問題の本質は医師不足にあり、医者自身が既得権益を守るためにその方向に持っていったからだ。
ただ、いま「医者」とひとくくりにしたが、既得権益を守る方向に持っていける立場と、そうでない立場を分ける必要があるだろう。つまり、若手や使命感を持つ医師の現場にしわ寄せが来ている点で、医者の世界も実は収奪の構造になっているということだ。
もっとはっきりといえば、緊急医療や地方医療にたずさわる医師の立場は、派遣労働同様に誰かを儲けさせるための調整弁になってしまっているのではないだろうか。


ところで、俺は常々何らかの形での社会変革運動が必要ではないかと考えている。日本にもそういった歴史がある。その中で俺が興味を持っているのが「逃散」だ。
武力ではなく、逃げることで戦う、素晴らしい発想の転換
そして「逃散」をgoogle検索して驚いたことが2つある。
1 「逃散」とIMEで変換できなかったこと
2 農民の歴史よりも、医者の現状に関する記述が多かったこと


医者が自分のおかれた環境と行動を、IMEで変換できないくらいマイナーな逃散になぞらえるあたり、さすが学校の勉強が出来た人たちだと感心する。しかし一方で「逃散」の理解が教科書レベルにとどまっていることも指摘しなければならない。
彼らが「逃散」と称している行動は基本的には「逃亡」であるし、あるいはただの転職だということを。
江戸時代のように農民が土地に縛られていた時代にその土地を離れるということは、すなわち職業の放棄を意味していた。逃散農民の行き先こそ、今で言うところの派遣会社である人足寄せ場だ。(しかしまあ、「にんそくよせば」はもちろん「にんそく」も「よせば」も変換できないIMEってなんだ?)


じゃあ、一つ聞くが、医者で「逃散」して派遣労働者になった奴がいるのか?
逃散なめんな。


もう一つ俺が医師の「逃散」に同調できない理由があって、これを今までうまく自分の中でもまとめられなかったんだけど、id:llilIDコールされて書かれたことがいいサジェスチョンになった。
これだからはてなブックマークは素晴らしいな。

患者の命を預かる医者がこの記事のような状態で勤務を続けるのは誉められる事ではない。医師が過労死するのは勝手でも、キミが医療ミスで巻き添えを食うのは嫌でしょ?/俺はゴメンだぜw
http://b.hatena.ne.jp/llil/20090102#bookmark-11501945


要するに医師は俺たちの命を預かるという、絶対的に優位な立場にある。だから医師が望む望まぬを別にして、その行動には自動的に俺たちの命を盾にとった脅迫を伴うんだ。そう、これは脅迫だ。
彼らは自力救済が可能な強者なんだ。
彼らも労働者として被害者だから、この脅迫という言葉や観念が似合わず、その立場を上手く把握し切れなかった。


だから苛酷な環境におかれた医者は医者で戦えばいい。基本的には医師会の政策の問題だから医師同士で解決してくれ。その過程を同じ労働者として支持する一方で、医師同士の内ゲバに巻き込まれた生活者としては反発する。それの立場は時と場合によりけりだ。
そして一方で、(誰を特定するというのではなく、2ちょんえるあたりの雰囲気として)派遣問題は自己責任論を言うくせに、医療崩壊は政策論で語ろうというダブルスタンダードは認めんよ。これは同質の問題だからな。


北朝鮮では医師と自動車整備工の地位は大して変わらないそうだ。人間の修理屋みたいな感覚なんだろう。
そこまでなれとは言わない。医師の立場の軽視は、すなわち俺たちの命の軽視そのものなんだから。
ただ、医者の立場が優遇されすぎて、俺たちの命が軽視される結果なのであれば本末転倒だ。もっと医者は多くていい。あるいは医療活動の定義を狭めてもいい。
極端な話、コンタクトレンズの眼科医、あれ、医者である必要があるか?いや、べき論でいえば、あるべきなんだろうけど、残念ながら現実はそうじゃないし、それで回ってる。


以前、「物分かりの良過ぎるバカ」というエントリを書いた。
http://d.hatena.ne.jp/RRD/20081219/p1
医療崩壊で医師の立場を「無条件に」支持するタイプは、この仲間に入れてもいいと思う。