加藤一二三さんの猫裁判の争点と俺の意見書

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の補足として、この裁判をどういう風に見るべきか、ちょっと説明してみたい。
ただ俺は民法、特にこの物権債権のあたりを非常に苦手にしてるので、誤りがあったら指摘してください。


まあ、ぶっちゃけこの裁判の詳細は分からないので、一般論として推測していく。
分かってるのはこの程度。

 プロ将棋棋士元名人の加藤一二三さん(68)=東京都三鷹市=が自宅のある集合住宅の庭などで長年、野良猫に餌を与え続けて迷惑を被ったとして、管理組合や住民らが餌やり中止と慰謝料など約640万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が18日、東京地裁八王子支部(鯉沼聡裁判官)で開かれた。


 加藤元名人側は答弁書を提出。餌やりを認めた上で「野良猫が無制限、無秩序に増えることの防止が目的。地域猫の適正管理という見地から行政とも相談しており、何ら違法性はない」と全面的に争う姿勢を見せた。


 訴状などによると、加藤元名人は平成5年ごろから集合住宅の自宅庭などで野良猫に餌やりを続け、住民はフンや尿などによる異臭、猫のつめとぎなどで車が傷つけられる被害を受けたとしている。


 訴訟を起こした住民(83)は「野良猫は一時20匹くらいいた。今は4、5匹だが、各家の庭などに入っておしっこやフンをして、洗濯物にもにおいがこびりつき、みんな困っている」と話している。

http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/081218/tky0812181445006-n1.htm

2009年12月3日に開かれる弁論がどういうものなのかは不明だけど、おそらくは今まで裁判所から和解を勧められてて時間がかかったのだろうと思われる。もちろん加藤一二三さんの性格から考えて、変な妥協はしなかったのだろう。


訴えの内容は民法718条による損害賠償請求だろう。

第718条
1. 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2. 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。

となると問題になってくるのは加藤一二三さんは「動物の占有者」にあたるのか、という点だ。


加藤さんの活動は、単に野良猫をかわいがってエサを与えていたわけではない。人と猫との共生を目指した「地域猫」という考え方に立脚した活動だ。
地域猫についてはwikipediaではこうまとめてある。

地域猫(ちいきねこ)とは、特定の所有者(飼い主)がいない猫で、かつその猫が住みつく地域の猫好きな複数の住民たちの協力によって世話され、また管理されている猫のこと。

地域猫 - Wikipedia

つまり、加藤さんの与えた餌を食べていた猫は飼い主のいない猫である、と解釈することが出来る。
次の問題は、この地域猫という思想が法的に受け入れられるかどうか。しかしこれは残念ながら取り組みとして行われてはいるものの、地域猫が定着しているとは言えず、法的な主張の根拠となりうる慣習として認められることはなさそうだ。
だからこそ、意見として強く訴えるべき部分でもある。



次に占有について考える。

第180条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。

つまり、「(自分のものにする)意思があること」と「所持すること」が同時に満たされていることが条件。
地域猫の考え方を加藤さんが持っているとすれば、猫に餌を与えても自分の猫にしようという意思は持っていなかったはず。加藤さんの「自己のためにする意思」がなかったことを証明しなければならない。
そしてそもそも地域猫の考え方では野良猫は勝手に生きる生き物なのであって、人間が自主占有するという発想がない、ということをアピールすることが重要。


加藤さんが猫の占有者にあたるかどうかは、民法だけじゃなくて条例も絡んできそうだ。各都道府県にあると思われる動物愛護条例なんかでは飼い主を「動物の所有者(所有者以外の者が飼養する場合は、その者を含む。)をいう。」と定義する場合が多いようだ。
しかしここでいう飼い主は「所有者」であって、加藤さんが野良猫の所有者ではないことは明らかだ。例えば迷子になって野良猫になった飼い猫には正当な所有者が存在する。

第239条
1. 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。

加藤さんにはそもそも所有の意思もないだろうし、まして前述のとおり占有にあたるかどうかも怪しいところ。


猫の占有権については(ある意味)非常に有名な判例がある。

うちのネコが訴えられました!? -実録ネコ裁判-
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ところがこの判決文を見ると

 3 なお、善解すれば、(中略)被告に対し、一般不法行為の責任による損害賠償を求めるかのごとく解される。

判決文---全文--- | 【実録】ネコ裁判 「ネコが訴えられました。」

として一般不法行為についても検討を加えている。



不法行為には一般不法行為と特殊不法行為があり、ここまでは民法718条「動物占有者の責任」という特殊不法行為について考えてきた。
そもそも一般不法行為ってなにか、っつーと法律違反って意味じゃなくて

第709条故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

故意または過失によって他人の権利を侵害することをいう。


しかし714条から719条までに定められた内容に限っては、無過失であっても責任が生じる。718条の動物占有者の責任もそのひとつ。これを特殊不法行為という。


「うちのネコが訴えられました」においては、著者宅に野良猫が入り込んで飼い猫のえさを食べることを放置していた責任が問われている。
この事案では原告がどうもちょっとおかしな人のように読めて、圧倒的に著者被告有利の状況にありながら判決では、

自分の飼い猫でもない猫に餌場を提供するかのごとき状況を放置しながら、他方でその猫が周囲に与える迷惑については考慮しようとしない被告の態度は、動物を飼っているもののマナーとしてはいささか無責任な態度であると言える。

判決文---全文--- | 【実録】ネコ裁判 「ネコが訴えられました。」

と指摘されている。

しかしながら、他に特段の事情がない限り、前記の事実があることをもってそれが直ちに不法行為としての違法性を有するものであると評価することはできない。

判決文---全文--- | 【実録】ネコ裁判 「ネコが訴えられました。」

という結論にはなってるものの、加藤さんの場合は頭数が多いことや原告が多いことなどを踏まえると、かなり大きな不安が残る。



一般不法行為について検討すると、コトはもう法律論じゃなくて事実関係と常識の話になる。
原告側の言い分はこうだ。

住民側の見方は、餌をやらなければ猫は寄ってこないというもので加藤元名人にえさやり禁止と慰謝料を請求しています。

犬猫救済の輪 動物愛護活動ドキュメンタリー 加藤一二三氏 野良猫餌やり被害裁判に関する至急のお願い!

でもなー、餌やりをしたからといって鳥じゃないんだから遠くから猫はやって来ないよ。猫には縄張りってものがあって、そうそうヨソから入り込んでくるわけじゃない。
俺の実家では20年ほど猫に餌やりをしてるけど、一時期に3頭以上が出入りしたことはないっつーの。それが18頭出入りしてたっつーのは、もともと猫が多い地域だったことの証拠といえる。餌やりと猫が増えたこととの間の因果関係は脆弱だ。
加藤さんが何もしなくても猫の「被害」は相当出てるはず。それを4頭まで減らしてるんだから、むしろ褒められたっていいくらいの話のはず。
したがって事実関係でも原告の主張は妥当性がない。



以上を踏まえて、こういうファックスを送る予定。


加藤一二三さんの猫への餌やりが損害賠償を求められているとの話を聞きまして、意見を述べさせていただきます。


まず加藤一二三さんは、自己の享楽のために猫への餌やりを行っているものではありません。
加藤さんが深く信仰されるキリスト教の友愛精神に根ざした、生きるものの命を大切にするための活動です。この活動は行政も後押しし始めた地域猫活動にも見合ったものです。
地域猫活動においては、猫は特定個人の持ち物ではないと考えられています。したがって加藤さんは猫の占有者ではありませんし、猫の与えた「損害」を賠償する義務を負うべきではありません。
義務を負わせるとするならば、広がりつつある地域猫活動へ与える影響は限りなく大きく、活動を激しく萎縮させるものとなります。


また、原告は加藤さんの餌やり行為が最大18頭もの猫の出入りの原因だとしていますが、餌やりと猫の頭数の間に因果関係は希薄です。
鳥への餌やりの場合は、鳥を遠くから招きこむこともありますが、縄張りを持つ猫の場合、餌やりの家があるからと言って他地域から多くの猫が流入することは考えにくいと言えます。
私の実家でも20年以上にわたり猫への餌やりを続けていますが、一時期に3頭以上の猫が出入りしたことはありません。最大18頭にもなったことは、もともとこの地域に猫が多かったこと、そのためにある程度の「被害」が既に生じていたことを間接的に証明しています。
加藤さんの活動はその「被害」を改善することにもつながるものですから、加藤さんには原告に損害を与える故意も過失も存在しないと言えます。


加藤さんは将棋の世界ではクセの強い人物として知られています。
報道を見る限りですが、今回の事件は猫の餌やりトラブルというより、
ご近所づきあいの中でクセの強いもの同士が引き起こした人間関係のトラブルのような印象を持っています。


裁判長におかれましては、猫という生き物の特性と加藤さんの取り組みの正当性を評価してくださいますようにお願い申し上げます。