公園は誰のためのものか

いま仕事で演劇に関わっていて、公演のことを考えたりしてるんだけど、ここは公園の話。公園と公演の誤字はご容赦を。

 

公園はどうあるべきか、公園は誰のものか、という議論はもっとも身近な公共論のテーマとして古くからある。

へたすりゃ都市公園論という大学の講義もあるくらいの話を感情的に大騒ぎするのがいかにも、という現象。

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近代公園という概念自体は近代の、しかも西洋のものだけど、日本には古くから鎮守の森というものがあって、これが事実上の公園として機能していた。

昼間は子供が遊んでいても、夜には祟りがあるから近づくな、とか、下手すりゃ終日行っちゃいけないと禁止されてたり。

もちろんそこには宗教的な意味合いもあるんだけど、それ以上に防犯的な意味合いというものが大きくあった。

その昔、特に江戸時代以降に一般の人は移動の自由というものが存在しなかった。逆に言うと移動する人というものは一般の人ではなかった。流れ者という、色眼鏡で見られる存在だった。

一般の人で一時的に移動する人のことは旅人と言って、彼らは町の中にあるなんらかの宿に泊まった。

しかしそうではない漂流の民というものも少なからず存在していた。

その中で後世にサンカと呼ばれる人も多かった。サンカ論を広げるのは本題ではないのでやめておくが、その中には縄文人の末裔もいただろうし、単なる浮浪者もいただろう。

彼らは宿に泊まることはなく、今風に言うならキャンプをして生活していた。

ただキャンプと言っても生活の手段は獣や魚を取ったりするだけではなく、蓑や笊や竹細工を作って売ったり芸を見せたり、昭和になってからも刃物研ぎや傘直しなんかをやって、町で稼いでいた。

ただ、彼らは町には住めなかった。もちろん移動手段は徒歩しかなかったので、今みたいに車に乗ってキャンプ場に行くわけにも行かない。

だから、町のはずれの鎮守の森でキャンプをしていた。

鎮守の森に夜に行ってはいけない理由の大きな一つは、漂流の民がいたからだ。鎮守の森にいてもいいから、町に入ってくるな、という文化があった。

 

鎮守の森は昔から、キレイで好ましい町と、それ以外の好ましからざる魔界との緩衝地帯として機能していた。

公園とは本来そういう場所である。

 

ならば、公園は誰のためのものか。

 

つーか今年の春先にうちのマンションの水道のポンプが壊れて、水が出ない事件があった。

管理会社がしっかりしてるから飲み水はペットボトルで補充されたけど、生活用水に困って、近所の公園に水を汲みに行ってた。公園ってそういう場所だろ?

これがMIYASHITA PARKだったら水を汲めないよね。

警備員に水泥棒って捕まって、ネトウヨに叩かれるのが関の山だわ。なんでカフェで水を売ってるのに買わないのか、って。そもそもトイレはあるけど、水飲みはないしな。

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 なんでこんなバカみたいなプレミアついてるんだ?

公園の誕生 (歴史文化ライブラリー)

公園の誕生 (歴史文化ライブラリー)

  • 作者:小野 良平
  • 発売日: 2003/06/01
  • メディア: 単行本