BOX 袴田事件 命とは

静岡シネギャラリー右側で19:05の回。客入りは8人。


予告編では「実際にあった袴田事件」と書かれてるけど、実際にあった、じゃない。再審を求めて現在進行形で、実際にある事件だ。
2時間に、よくまとめてある。袴田事件を、司法の問題を、そして人間の問題を。

袴田事件は100%冤罪。この映画では自白調書の信用性と着衣の問題に焦点を当てていて、裏木戸と繰り小刀については知ってる人には分かるという描き方にとどめていた。それでも十分だし、そこを説明し出すと2時間に収まらなくなりそう。

この映画のいいところは、袴田事件についてのドキュメンタリーにとどめることなく、人間の弱さと愚かさについて存分に描いていた点だ。
袴田が過酷な取調べで追い込まれ、壊れていく様、あまりにもリアルに描かれていて吐き気がするほどだ。そして盲信して追い込んでいく刑事も、保身のために有罪を主張する裁判官も、その愚かさがあまりにもリアル過ぎて吐き気がする。
人の命を死に触れさせることを、仕事上のほんの些細なやむを得ない出来事として受け止めてやがる、なんという愚かさ!なんのための仕事なのか?なんのために生きているのか?

この映画の主人公は袴田巌死刑囚と、静岡地裁での第1審で無罪を確信しながら死刑判決を書かされた熊本典道元裁判官。ともに昭和11年生まれ。まったく正反対の人生を歩みながら、法廷では被告人と裁判官として向かい合い、その外では同じ時間を歩んできた一人の人間同士として向かい合う。
人間同士として向かい合ったとき、人間は裸で、守ってくれる法も立場もなにもない。まさに裁くときに同時に裁かれる、その熊本典道元裁判官の言葉をものの見事に体現する作品だ。そのとき、人はあまりにも無防備だ。
そして裁判員制度において裁判員は、無邪気で無防備なまま被告人の前にさらされ、裁かれるのだ。