補陀落浄土へ向かって船を出した・熊野2泊3日

ああ、またやってしまった、と思う。つーかこういう町で素泊まりで泊まる時、ほかの人は朝食をどうしてるのだろう?
紀伊勝浦駅とは逆方向にあるコンビニに寄ってから来ればよかった、とは思うものの駅まで来てしまってから戻る気にはなれない。これから観光地に行くわけだし、食うものはなんとかなるだろう、と那智山行きのバスに乗り込む。


大門坂で下車、ここから念願の熊野古道を歩く。

すぐに杉並木の中に続く石畳の階段、これがキツイ。体力に自信のある俺が家族連れと同じペース。

なんでだろ?そうだ、朝飯抜きだった。
登り始めが9:13、那智大社が10:14。ほぼ延々と登りっぱなし。


バスは車道を大門坂・滝の前・駐車場の順に通るけど、歩きだと駐車場が先。ここの土産物屋でやっと食い物にありつく。豊富な試食の菓子群が身にしみる。270円の黒飴餅を購入、これでひと心地。


那智大社那智の滝が本尊ということを聞いてたからもっとそばにあるのかと思ったら、はるかかなたに遠く見える。とはいえこれがすごい。

緑の山の中にぽっかりと白い岩肌があらわにあり、そこに一筋の水の流れが浮かび上がる。このスケール感は、天空はるかかなたに天竺を仰いだ三蔵一行もかくの如しと思うほど。


観光の材料としての風景もすごいけど、この神仏習合の宗教空間もすごい。玄関開けたら2分でご飯、じゃなくて山門くぐったら一歩で神社。


田舎に行くとよく小さい寺と神社が一緒にあったりするけど、ここは神社は全国の熊野神社の総元締め那智大社、お寺は西国33観音の一番札所の青岸渡寺
これが日本の信仰を象徴してる。ちょっと上手くまとめられないけど、明治以降の国家神道、あるいはまず皇室ありきの皇国史観はやはり間違っていると確信した。


那智の滝のすぐそばまで車道が入ってる。飛瀧神社という神社になっていて、300円で滝壺まで行ける。滝はいくら見てても飽きない。だから飽きるまで見てるのが俺の旅。

小一時間いた滝から離れたのは飽きたからじゃなくて、疲れた、腹減った、十数粒の黒飴餅じゃ全然足りないから。
滝の前からバスに乗ってもいいんだけど、もう一回熊野古道を歩こうと車道を下る。遠くから見ると

この滝の異常さが分かる。山の中に隠れてるんじゃないんだよな、この滝は。


車道と熊野古道とは大門坂から那智大社までの途中で離合する場所がある(熊野古道バス停)ので、ここから熊野古道に戻って降りて、大門坂駐車場バス停からバスを待つ。
来るときにここを通ったときに、昼飯が食える場所があるように思ったんだけど・・・。(1キロほど離れた別の施設と混同した)


食うつもりだった昼飯に飢えて、勝浦駅行きバスで川関下車で補陀落山寺に向かう。ここでもカンが悪い。腹減ってる時の判断力なんてそんなもの。那智駅で降りたほうが断然近かった。

補陀洛山寺は補陀落渡海で知られる寺。
補陀落つーのは要するに極楽信仰のことで、はるか南のかなたに極楽がある、そこを目指して高僧が船を出した、これを補陀落渡海という。一種の即身仏のようなもんだ。


静岡にも補陀落渡海があって久能から出て行った、という説があって、確かに同じ黒潮文化圏としてはありえる話ではある。でもその根拠が久能山に昔あった寺が補陀落山という山号を持っていて、現在の名前が清水の鉄舟寺だ、というのは違うだろ。
鉄舟の名前は渡海船じゃなくて、再建に寄与した山岡鉄舟から来てるんだから。


補陀落渡海で亡くなった僧の供養塔が寺の高台にあって、海が見えるかと思ったら特に見えなかった。ほかに平維盛の供養塔もある。
境内には再現された渡海船が展示されてる。



一種の即身仏のようなもの、と書いたけど、ミイラの即身仏とは違って、どうも本人の意に沿わずに無理やり送り出すようなこともあったことが複数の文献に書かれている。こんな狭い船の中で
外から出られないように釘で打ち付けられて、それでも脱出して近くの島に乗り込んで暴れた僧もいたという。

熊野の補陀洛山寺(ふだらくさんじ)(和歌山県那智勝浦町)などに伝わる儀式をテーマにした井上靖の「補陀落(ふだらく)渡海記」(1961)は、陰惨ともこっけいともいえる名作だが、元史料の熊野巡覧記は「此(この)僧甚だ死をいとい命を惜しみけるを、役人是非なく海中へ押し入れける」とそっけない。
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/michi/OSK200803040047.html

あるいは、この寺の住職は年をとってくると、周囲からの同調圧力で渡海せざるをえない雰囲気に追い込まれたという指摘もある。
朝日新聞のこの記事は、補陀落渡海と戦争時に徴兵に借り出されるあたりの、日本らしきものとしての共通点を浮き彫りにしてる。


昔の人は信心深かったというけど、本当だろうか?俺は相当の疑念を抱いている。
補陀落なんて存在しない、そんなことはみんな知ってたんだろ?知ってたから、逃げられないように僧を渡海船に閉じ込めたんだろ?

補陀落渡海に出る前、どんな思いでこの那智の浜に立ったのだろう?
俺はといえば、那智駅前の「丹敷の湯」という交流センターでさんま寿司と、酒屋で熊野古道ビールを買って、那智駅の目の前の海水浴場で砂浜と太陽を友に、この上ないランチを楽しんだんだけどさ。

ここで一句。
さんま寿司 太陽砂浜 地の麦酒
那智の浜 子どもペンギン 駆け上がり


誰も止めない、死ね死ねという祭りの熱狂に浮かれた視線に追われるように祭り上げられて船に乗り込み、待つは脱水症状かか餓死か溺死か。視界のない船室で感じられるのは波の揺れ、波の音、海鳥の声も聞こえただろうか?経典を詠む法華経を詠む自分の声が狭い棺おけの中に響き、いつ襲うか知れない死。


再現すべく俺も補陀落へ向かって船を出した

というわけじゃなくて、遊覧船。渡海船よりはちょっと大きい。奇岩の小島が点在し、紀の松島というらしい一帯を一通り回って沖に出る。沖に出るとこんな穏やかな夏の日でも、船は大きくピッチングする。目をつぶり、闇の中で渡海上人を思う。


この遊覧船は勝浦桟橋から太地町のくじら浜公園を経由して戻ってくる。くじら浜公園では途中下船が出来て、別料金で博物館やシャチのショーも見れたりする。しかし最終便はそんなお楽しみがない。
埋め合わせとして、コースを変えてイルカを見に行くので評判だという。


でもさー、そうそう簡単にイルカが飛んだり跳ねたりするところを見れたりなんか

出来た!しかも3頭でジャンプ!
こんな近くに来た!

といっても野生じゃなくて、湾内に浮かぶイルカの調教をしてるイケスに直付けして船内からショーを見るという趣向。つーか、臭い。イルカそのものの臭いなのか、エサの臭いか。

つーか、海獣のショーってなかなか面白いわ。こういうのをやってる水族館はお高いから敬遠してて、こういう機会でもないと見ることもなかった。


お別れで手を振ってバイバイとか、エサに釣られてヒレを動かしてるんだろうけど、ちょっと感傷的になれる。この楽しさをtwitterにたとえて言うと、botみたいなもんだと言うと分かりやすい。分かりやすいか?
船員さんの話によると、調教されてるのはイルカじゃなくて調教師の方だそうで、ここに研修に集まるのだそうだ。だからイルカが言うことを聞かないことが結構あるとか。


遊覧船はホテル中の島に立ち寄って戻るんだけど、

上手く写ってなくてよかった。船から男の露天風呂丸見え。じいさんが片足上げて一心不乱に股を洗ってて船内に笑いが起きた。