グラン・トリノ〜なにが凄いのか、よく分からないくらい凄い衝撃作

静岡ピカデリー2で19:00からの試写会。

なにから書いたらいいか、よく分からないからストーリーから書いてみる。
日本語版の予告編。

英語版のロングバージョンの予告編。


要するに白人保守ガンコジジイが息子世代の利己主義や孫世代のデタラメさにあきれ返ってるわけ。
隣の家にはワケの分からんアジア人一家が住んでるのもムカついてる。
そのアジア人の息子がその従兄率いる不良集団に脅されるようにしてジジイのビンテージカーを盗もうとして捕まるの。そこから隣の家の娘を橋渡しに接点が生まれて、交流していくうちに、案外こんな関係もいいのかな、とか思っちゃう。
隣の家の姉ちゃんが別の不良集団に絡まれてるのを助ける場面。
http://www.youtube.com/watch?v=-8coq2cUn1U
ここまでの前半を10分にまとめたのがこの動画。
http://www.youtube.com/watch?v=vtk7U-9bUJQ


何度か従兄率いる不良集団を追っ払いながら、隣の家の息子の成長を見守ることに。
http://www.youtube.com/watch?v=NelBNtNm8l0
http://www.youtube.com/watch?v=f9Tpw1ICJEc
ところが追っ払ったはずの不良集団が隣の家を襲撃して、娘もレイプされちゃう。
そこでこのジジイが立ち上がるんだけど、このジジイは朝鮮戦争帰りで、メチャクチャ強いんだけど、13人だか殺して心に傷持ってる。
で、予告編で言う「映画史上もっとも優しい衝撃のラスト」が待ってるんだけど、まあ、大体どんなラストかは想像つくでしょ。

でも想像がつかないのが、この作品の感動のしどころ。
つーか、クリント・イーストウッド作品ってもっと殺伐とした暗惨たる雰囲気なんだろうと思ってた割りに、実際のところ、笑える笑える。主に異文化コミュニケーションの笑い。
で、この笑いの時間こそ人物の成長の時間なのよ。笑っているうちに心証が変化してる。
この辺のつくりも上手い。


このジジイは朝鮮戦争帰りで、フォードで自動車を作る工員だった。そのことに誇りを持つ愛国者
でもその愛する国を支え始めているのが、アメリカ生まれの移民2世のアメリカ人だという現実と、今まで培ってきた偏見とのギャップが見所のひとつ。
移民のアメリカ人はいわゆる勝ち組・負け組がはっきりしてて、通う病院も医者・看護婦ともに移民のアメリカ人。しかも女性。移民の地位と同様に、女性の地位もジジイの生きている間に大きく変わったものの一つだ。
一方でたちの悪いギャングをやってるのも移民、それも男。


こういう移民をめぐる社会の変化って、結局はアメリカの国内事情の話だから、直接的にはアメリカ人じゃないと分からないのかもしれないけど、日本でも移民問題として、あるいは時代によって移り変わる世の中の諸事の象徴として、通じるものが年寄りには感じられるのかもしれない。


この映画は間違いなく年寄り向けの映画だし、年寄りは必見なんだけど、30代の俺がなんでここまで感動したのか、はっきり言ってよく分からん。
つーかさ、今まで無理やり文章を書いてきたけど、ぶっちゃけ特記すべきことなんかないんだ、この映画。
ここが良かったとか、ここはこうだとか、語るとっかかりもまったくと言っていいほどない。
薀蓄を垂れたり、分析をしたり、自己体験を投影したり、そんな余地がまったくない。
もっと言えば、言葉での感想なんか何一つないんだ。


とにかく凄過ぎて、なにがなんだかよく分からない。
最後は自己犠牲で死んじゃうんだけどさ、あまりにもベタで笑っちゃうようなストーリーなんだけどさ、主人公を美化してるわけでもないのにさ、なんで泣けるのか、まったく分からない。お涙頂戴で煽ってる部分なんかどこにもないんだぜ?
決して後味がいいわけじゃないのに、なぜか吹き抜ける風を思わせるような爽やかな印象を残して席を立ちにくい終わり方。
不思議で仕方がない。


もし年取ってこの映画の仕掛けを紐解くことが出来るなら、年を取る意味が一つ増えるってもんだ。